第9回:イージー・リスニングの世界
ポーランド、チェコ・スロヴァキア、東ドイツを中心に、盛んに制作されていたのがイージー・リスニングのレコード。イージー・リスニングの定義は諸説ありますが、ここでは純粋にくつろぎながら楽しめる軽音楽から、歌謡曲のインスト・カヴァー、企画モノのインスト作品まで幅広く扱っていこうと思います。
人畜無害なイージー・リスニングは、日々尖った音楽に目を光らせている政府の監視をすり抜けやすいからか、東欧各地で大量生産されていくことになります。
その中でも膨大なカタログを生み出したのがポーランド。まずは以下の3つの曲を聴いてみてください。
String Orchestra
「Passat Równikowy」
ポーランド 80年
Chorus & Disco Company
「Alfred Wśród Ptaków」
ポーランド 78年
Bob Roy Orchestra
「Drums 16」
ポーランド 80年
String OrchestraやChorus & Disco Companyといった当たり障りのないグループ名や、Bob Royといった人名が並びます。
内容は優美なストリング入りのイージー・リスニングから強烈なシンセ入りのディスコまで様々。
一見関係の無いように見えるこれらのレコードですが、実はすべて同じ人物が率いたグループなのです。その人こそ、ポーランド産イージー・リスニングの最重要人物Leszek Bogdanowicz。
まずは彼の経歴を確認するところから、東欧イージー・リスニングの世界に飛び込んでいきましょう。
Leszek Bogdanowiczとポーランド産イージー・リスニング
Leszek Bogdanowiczはジャズ・ギタリストとしてキャリアをスタートさせたのち、連載第3回で紹介したFranciszek Walickiと共に、ポーランド初のロックンロール・バンドRythm and Blues(安直ですがバンド名です)を59年に結成。つまり彼はポーランド最初のロッカーだったわけです。Rythm and Bluesが政府の圧力で活動を停止した後は、The Twistersを結成してツイストを演奏。彼はその後作曲と編曲でポーランド大衆音楽に多大なる貢献をし、さらに前回ご紹介したコーラス・グループPartitaの音楽監督を務めます。
つまり、彼はジャズ・ロック・ツイスト・歌謡とあらゆるジャンルを通過し、ポーランド大衆音楽を陰で支えてきた人物だったのです。
そんな彼は70年代からイージー・リスニングに着手し、Bob Royの名義でこのジャンルの作品を多数輩出します。冒頭で紹介したBob Royとは彼の別名義だったんですね。
彼のようなプロ中のプロが作り出す音楽が良くないわけありません。彼と無関係のイージー・リスニング作品にも、巨匠の技が光る作品が多数あり、素晴らしいアレンジを聴くことができます。
Orkiestra Wojciecha Trzcińskiego
「Fontanna w deszczu」
ポーランド 77年
こちらはポーランド歌謡界に多大なる功績を残した名コンポーザー、 Wojciech Trzcińskiが率いるオーケストラによるアルバムから。女声コーラス入りのムーディでダンサブルな楽曲で、イージー・リスニングの王道と言える作品です。
第1回で紹介した、大衆オーケストラのアルバムはイージー・リスニング的なインスト作品も多く、大編成ならではのグルーヴも楽しむことができます。たとえばポズナニの大衆オーケストラによるこちら。
Poznańska Orkiestra Rozrywkowa PR I TV
「Hibernacja W Przestrzeni」
ポーランド 78年
大衆オーケストラの作品には、イージー・リスニング作品を装いつつも、かなりアヴァンギャルドなものもあります。その最たる例が、String Beatと一見イノセントな作品に見せかけたこちら。たしかにストリングス入りのインストではありますが、そのタイトルから想像する優美なサウンドとはかけ離れた、不穏なストリングスの和音に歪んだギター、ファンキーすぎるドラムが混入した一曲に仕上がっています。
Orkiestra PR I TV W Łodzi
「Bez Metalu」
ポーランド 75年
チェコ・スロヴァキアのイージー・リスニング
さてポーランドの次にイージー・リスニング文化が根付いているのがチェコ・スロヴァキア。
チェコを代表するイージー・リスニング・グループがPražské smyčce(=Prague Silver Strings)。その名の通り、ストリング入りの楽団で、西側ヒットやロシア民謡をイージー・リスニングでカヴァーしています。
ご紹介するのは、ロシア民謡「赤いサラファン」のインスト・カヴァー。しかし、一筋縄ではいかないシンセ入りのオブスキュアな仕上がりがクセになる一曲です。
Pražské smyčce
「Modrý sarafán」
チェコ 80年
チェコでも大衆オーケストラによるイージー・リスニングは数多く制作されています。第1回でも紹介した、グルーヴ・モンスターJosef Vobruba率いるTOČRもイージー・リスニング作品を残しています。
Karel GottやKarel Černochが歌った歌謡曲のインスト・カヴァーをご紹介しましょう。
TOČR
「Prostý Lék」
チェコ 76年
さらにスロヴァキアもイージー・リスニングの宝庫。77年~82年にかけて、ヒット曲などをインスト・ディスコ化したOpus Clubなるレコードが発売されており、演奏は先述のJosef Vobrubaが指揮を担当しているためグルーヴの宝庫になっています。YouTubeに音源が無いのが残念ですが、3枚目がオススメです。
Orchestr Josefa Vobruby
「Opus Club 03」
スロヴァキア 80年
スロヴァキアの大衆オーケストラTOČR V Bratislaveもイージー・リスニング作品を多く生み出しています。当たり障りのないタイトル、メンバーの写っていない雰囲気ジャケ、申し訳程度のアーティスト名は正にイージー・リスニング盤の特徴ですね。
TOČR V Bratislave
「Love Themes From Films」
スロヴァキア 83年
TOČR V Bratislaveのイージー・リスニング作品は落ち着いたものが多いですが、注目すべきはメンバーのソロ作。母体の作品をリスペクトしてか、何故かソロでもイージー・リスニング的な音楽を演奏しています。
例えば、鍵盤奏者のAlojz Boudaはオルガンやシンセサイザー、ピアノというようにレコード毎に楽器を変えたイージー・リスニング作品を計4枚発表。今回は第一作目からお届けしましょう。
Alojz Bouda
「Hrmí」
スロヴァキア 77年
同じくTOČR V BratislaveのトランぺッターJuraj Lehotskýの作品もイージー・リスニング・テイスト。おすすめはどこかヘンテコなボッサなこの曲。
Juraj Lehotský
「Porcelain Elephant」
スロヴァキア
東ドイツのイージー・リスニング
さてもう一つイージー・リスニングの盛んな国が東ドイツ。国営レーベルであるAMIGAが中心となり、いわゆる企画モノとして、大衆向けの当たり障りのないインスト・アルバムが多数制作されました。その中にはイージー・リスニング作品も多く存在しています。
中でも第1回でも紹介したレーベルお抱えの大衆オーケストラ、AMIGA Studio Orchesterによる作品群はその代表格。
オススメはグリーンスリーヴスなどのスタンダードから、自国のヒット・ソング、はたまたKarel Gott「Lady Carneval」のようなチェコのヒット曲まで、イージー・リスニングに調理したこのアルバム。
東ドイツ最重要コンポーザーGünther Fischerが作曲し、Manfred Krugが歌った曲のカヴァーをご紹介しましょう。
AMIGA Studio Orchester
「Das War Nur Ein Moment」
東ドイツ 72年
このアルバムをプロデュースし、アレンジも担当したGerhard Siebholzはイージー・リスニング作品に度々名前が登場する人物で、オルガンをテーマにしたこのアルバムでも演奏とアレンジを担当しています。
中でも日本で「メリーさんの羊」として親しまれている民謡「Good Night, Ladies」のカヴァーはオススメです。
Gerhard Siebholz
「Good Night, Ladies」
東ドイツ 79年
話をAMIGA Studio Orchesterに戻しますが、彼ら以外の大衆オーケストラもイージー・リスニング作品を数多く残しています。その中でも面白いのがライプツィヒのRundfunk-Tanzorchester Leipzigによる作品。
Tanzmusik Aus Kambodscha(意味=カンボジアのダンス・ミュージック)と題された作品は、かのシハヌーク国王が書いた曲をカヴァーした、異色のアルバムとなっています。
Rundfunk-Tanzorchester Leipzig
「Nuit Froide」
東ドイツ 68年
1:15~のカンボジアの熱気を感じるラテン風味な展開が良いですね。
彼らの作品ではこちらもオススメ。イージー・リスニングからは若干離れますが、シンセ入りのオリジナル曲で非常にオススメです。
Rundfunk-Tanzorchester Leipzig
「Kamino」
東ドイツ 82年
ヒット曲の企画モノでご紹介したいのがこちら。とはいえ紹介したいのはヒット曲のカヴァーではなく、そこに巧妙に混ぜられたオリジナル曲。
世界の名曲をビッグ・バンド・サウンドで楽しむというコンセプトのようで、チェコやポーランドのヒット曲がカヴァーされていますが、
件のオリジナルとは、ベトナム・ハノイをイメージしたオリエンタルなファンク「Frühling In Hanoi」と、アフリカをイメージしたダイナミックなグルーヴと何故かマーチが混入した「Löwen Aus Afrika」。
是非お聴きください。
Orchester International
「Frühling In Hanoi」「Löwen Aus Afrika」
東ドイツ 77年
さて、若干イージー・リスニングから脱線してきましたが、最後に紹介するのは連載第2回にも記載した娯楽インストの帝王Theo Schumannによるイージー・リスニング作品。彼はジャズ~ロックンロール~ロックを通過し、あらゆる大衆音楽を吸収しつくしたベテラン。そんな彼の音楽が素晴らしくないわけありません。
Theo Schumann-Formation
「Thraker」
東ドイツ 77年
以上、今回はかなりマニアックな世界をご紹介してしまいましたが、いかがでしょうか?次回もディープな東欧グルーヴの世界をご紹介しますのでお楽しみに。
お知らせ
10月31日(土)- 11月1日(日)の週末、ホテル・アゴーラリージェンシー大阪堺・ポルタス広場にて開催される「チェコフェスティバル in 関西」に出演いたします。
プログラムは「チェコ産レコードを聴く〜ロック、ジャズの名盤たち〜」。
10月31日(土)14時~スタートです。
是非お越しくださいませ!