第2回:東欧ジャズを掘る ~ジャズ・シリーズの軌跡~

第2回:東欧ジャズを掘る ~ジャズ・シリーズの軌跡~

第一回で、東欧のあらゆる大衆音楽にジャズの熱き魂が混入していった訳をざっくり説明させていただきましたが、あれ?共産圏の東欧でジャズを演奏して大丈夫だったの?という疑問の声がありそうです。もちろんそんな時代もあったようで、冷戦が始まってからは敵性音楽として規制の対象とされていました。
例えば東欧ジャズを牽引する存在だったポーランドを例にすると、「カタコンベの時代」と呼ばれるジャズ・ミュージシャンが隠れキリシタンのごとく地下でひっそりと活動を余儀なくされる時代がありました。しかしスターリンが死去し、ゴムウカ政権が自由化路線を取ると状況は好転、56年には最初のジャズ・フェスティバルが開催され、58年にはDave Brubeckがポーランドを訪問。ジャズ文化は大きく発展することとなったのです。

前置きが長くなりましたが、そんな東欧ジャズ・シーンの発展に大きく貢献したのが、各国に存在する「ジャズ・シリーズ」の存在。例えばこれ、「Polish Jazzシリーズ」。

Novi Singers「Brownie」
ポーランド 67年

レア・グルーヴ・クラシックとして知られ、日本でも7インチ化されたこの曲も元をたどれば「Polish Jazz」シリーズの13作目に収録されていたわけです。
そんな訳で今回は、東欧各国に存在する「ジャズ・シリーズ」の存在を紹介!!

東欧ジャズの顔、Polish Jazzシリーズ

冒頭でも紹介した、東欧のジャズ先進国ポーランド。そのジャズ・シーンの発展に寄与したのが、65年にスタートし、なんと現在までリリースが続いている「Polish Jazz」シリーズ。最新作は2020年リリースのVol.84という、人気シリーズです。発売元は国営レーベルのPolskie Nagrania Muza(以下Musa)で、Vol.1から始まって東欧革命の89年までに全76タイトルをリリース。
その代表作と言えば、ポーリッシュ・ジャズの父Krzysztof Komedaのリーダー作でシリーズ三作目「Astigmatic」でしょう。

 KomedaQuintet
「Kattorna」
ポーランド 65年

東欧の美学が詰まった、名盤中の名盤ですね。参加メンバーもひたすら豪華で、ポーリッシュ・ジャズのもう一人の最重要人物、Zbigniew Namysłowskiのアルト・サックスも聴くことができます。

ファンキーなジャズ・ロックを聴きたい方にはこちらがオススメ。Polish Jazzシリーズに計2枚のアルバムを残している、Laboratoriumの作品。A面には20分に及ぶ組曲もあり、プログレッシヴな側面も感じさせるグループです。紹介するのはタイトル通りファンキーな一曲!

 Laboratorium
「Funky Dla Franki」
ポーランド 76年

Polish Jazzシリーズは、体制転換後リリースがストップしていましたが、MusaがWarner Music Polandに吸収された後、商魂たくましいメジャー・レーベルの戦略(?)で、2016年になんとVol.77がリリース。共産主義の権化(国営レーベル)から資本主義の権化(メジャー・レーベル)を渡り歩くという珍しい経歴を持っています。

そんな2016年のシリーズ復活作となったのが、先ほど触れたZbigniew Namysłowskiのリーダー作。ピアノには現行ポーリッシュ・ジャズ・シーンを牽引するSławek Jaskułkeが参加し、新旧の重要人物が邂逅する名盤になりました。

Zbigniew Namysłowski Quintet
「Abra-Besqua」
ポーランド 2016年

半世紀以上続いても進化し続ける、モンスター・シリーズ!今後も注目です。

充実のラインナップ、AMIGA JAZZ

自国のジャズにこだわり、Polish Jazzというブランドの確立に成功したポーランドに対し、国内外のジャズを幅広く紹介したのが、東ドイツのAMIGA JAZZシリーズ。74年に西側の有名ジャズ・ミュージシャンのベスト盤シリーズとしてスタートしました。モノトーンにシリーズ・ロゴという、共通のデザインが最高にクール。Duke Ellington御大もこの通りです。

Duke Ellington
東ドイツ 75年

77年からは東独産ジャズの紹介も開始。ここから、AMIGA JAZZが初出となるアルバムが登場。ビッグ・バンドあり、ジャズ・ロックあり、フリー・ジャズありの東独ジャズの幅広さを垣間見れる、充実のシリーズとなっていきます。

その中でも特に推したいのがこちら。FEZは本作が唯一のアルバムとなった、AMIGA JAZZの申し子というべき存在。シリーズの多様性を濃縮還元したような、変幻自在のジャズ・ロック・サウンドは必聴です!

(0:00~、ちなみに17:40~の「4 Takte Für S.」もオススメ)

FEZ「Walzer Für John」
東ドイツ 77年

FEZのような新たなグループが誕生した一方、ベテランのジャズ・アルバムもリリースされました。紹介するのは長年Theo Schumann Comboを率いてきた、娯楽インストの帝王Theo Schumannの作品。Spike Jonesの冗談音楽や歌謡インストにも通じる、ダンサブルで楽しい楽曲を作り続けてきた巨匠が、ルーツであるジャズに取り組んだ唯一のアルバムです。]

(1:18~ がオススメ)

 Theo Schumann「Totila」
東ドイツ 81年

ハード・バップ、ジャズ・ロック、プログレ、ディスコ…と1曲ごとに音楽性を変化させる本作は、あらゆる大衆音楽を吸収してきたからこそ作ることができた、音の玉手箱のようなアルバム。紹介した、ファンキーなフュージョン・ナンバー「Totila」以外も名曲尽くしなので、ぜひ聴いていただきたいです。

東欧ジャズの異端児、Mini Jazz Klub

他のジャズ・シリーズとは一線を画しているのがチェコのジャズ・シリーズ、MINI Jazz Club。すべて7インチでのリリースで、収録内容もアヴァンギャルドでプログレッシヴなジャズ・ロック中心。ジャケットのグラフィックもスタイリッシュな、革新的ジャズ・シリーズです。

中でもオススメは、チェコのジャズ・ロック・シーンを代表するバンド、Impulsによる一曲。

 Impuls
「Kdo jinému jámu kopá」
チェコ 78年

コンパクトにまとまりながらも、ジャズとロックの魅力を充分に詰め込んだ、バンドの代表曲です。

もう一つオススメしたいのが、チェコ・ジャズの重鎮Gustav Bromが指揮するVol.3。

Gustav Bromはチェコ・ジャズ黎明期から自身のビッグ・バンドを指揮し、数々のミュージシャンを育ててきた人物。連載第一回で扱った大衆オーケストラのように、あらゆる歌謡曲やサントラで演奏してきた、チェコの大衆音楽に最も貢献した一人と言ってよいでしょう。

長年Gustav Bromのオーケストラでピアノを弾いてきた、Josef Blaha唯一のリーダー作でもあります。

 Josef Blaha & Orchestr Gustava Broma
「Tabu」
チェコ 76年

Impulsとは違った、ビッグ・バンドからのロックへのアプローチが素晴らしいですね。ファンキーな演奏は、さすがGustav Bromです。ちなみに76年リリースですが、録音は70年~72年の間。時代を先取りしすぎたサウンドが、Mini Jazz Klubのおかげでようやく日の目を見たということでしょうか。

ちなみに非常にマイナーですが、チェコにはもうひとつ7インチのジャズ・シリーズが存在します。

その名もずばり「JAZZ」。内容はMini Jazz Klubには劣りますが、ジャケット・デザインが最高ですね。

Jana Koubkováの斬新なFly me to the moonカヴァーが聴けるのはここだけ!

Jana Koubková
「Měsíc Kamarád(Fly me to the moon)」
チェコ 83年

ハンガリー・ジャズ史の証人、Modern Jazz Anthology

ハンガリーのModern Jazz Anthologyはハンガリー産ジャズが西側のコピーから始まり、徐々にオリジナリティを獲得していく様子を克明に記録した、正に歴史の証人。

シリーズをプロデュースしたのは、ハンガリー産ジャズの父、János Gonda。彼はQualiton Jazz Ensembleを結成したほか、79年にはジャズの理論を研究した「Jazz」という本を出版。ベラ・バルトーク音楽院の教授を務めるなど、教育・研究面でも活躍した人物で、ハンガリー・ジャズ協会初代会長も務めた重鎮です。

Modern Jazz AnthologyはそんなQualiton Jazz Ensembleのアルバムでスタートし(63年)、Ⅳからはコンピ形式になって、様々なハンガリーのジャズ・ミュージシャンを紹介するようになりました。この頃になると、オリジナル曲も誕生。まずはJános Gondaが作曲したこちらをどうぞ。

 Qualiton Chamber Orchestra
「Blues Invention」
ハンガリー 64年

オーソドックなハード・バップですね。ようやく西側のレベルに追いついたといったところでしょうか。

68年のⅧでは、ハンガリー民謡のジャズ・カヴァーが誕生。ここからハンガリーらしいオリジナリティが形成されていくこととなります。

 Garay Ensemble
「Kiszáradt A Tóból」
ハンガリー 68年

軽快なグルーヴと良質なメロディが心地いい、ハンガリー産ジャズ黎明期の良曲です。

そして71年のⅩで内容は一変します。ずっと共通だったジャケット・デザインが一新したのはもちろんですが、平和に発展してきたはずのハンガリー産ジャズに、突如として歪んだエレキ・ギターが混入…!

なぜジャズとロックの融合が図られていったかは、連載第一回のEgyüttes文化の部分を読んでいただければと思います。Ⅹのベスト・トラックは第一回で既に紹介済みのBergendy「Kék Fény」。未聴の方は是非聴いてくださいね。今回はよりエレキが大幅使用されたこちらをお届け!

Andor Kovács「Extázis」
 ハンガリー 71年

フュージョンの原型すら感じる、時代の最先端を軽々追い抜いたジャズ。この後ジャズとロックを高次元で融合させていく、ハンガリー大衆音楽のルーツを見ることができる歴史的一曲です。

一癖あるグルーヴの宝庫、Serie Jazz

最後に紹介するのは、ルーマニアのSerie Jazz。東欧でも特に独裁が厳しかった国のジャズなんて…と思うのは早計です。むしろ豊かな伝統音楽を融合させた、一癖あるジャズを聴くことができるのがSerie Jazzの魅力。世界中のDJから熱い視線を浴び続ける、東欧ジャズの影の立役者と言えるでしょう。

その中でも代表格がNr.12のこちら。かのNujabesにサンプリングされた「Căutări」を収録した、知名度バツグンの一枚!「Căutări」は気品に溢れたピアノと、ふくよかなフルートのサウンドが美しい、ジャズの名品です。

Cvartetul De Jazz Paul Weiner
「Căutări」
ルーマニア 76年

続いて紹介したいのが、Nr.13。ルーマニア産ジャズを支えた名ピアニストMarius Poppのリーダー作で、タイトル「Panoramic Jazz Rock」の通り、ファンキーなジャズ・ロックを追求した傑作!

紹介するのは、ヘヴィなグルーヴはもちろん、時折顔を出すエスニックなフレーズにルーマニアの伝統を感じる一曲。是非お聴きください。

 Marius Popp
「Peisaj」
ルーマニア 77年

ルーマニアの伝統楽器、ナイを取り入れたのがNr.14のこちら。アンデスのサンポーニャにも似た、歴史あるパン・フルートの音色を前面に取り入れた、クロス・オーヴァー・フュージョン!ルーマニア版、村岡実「バンブー」とも言える、名盤中の名盤です。

 (23:20~)

Ramon Tavernier & Cătălin Tîrcolea
「Popas」
ルーマニア 79年

Serie Jazz、最高すぎるのでもう一枚だけ紹介させてください。

ラストはコーラスモノ。東欧には冒頭で触れたNovi Singersを筆頭に、数々のジャズ・コーラス・グループがありますが、Vocal Jazz Quartetも中々の名グループ。ほのぼのとした歌唱と、エキゾチックなメロディは唯一無二!5/4拍子のこちらを紹介して今回の連載をシメましょう。

(0:00~、ちなみに6:21~の「Cercuri」もオススメ)

Vocal Jazz Quartet
「Ursitoarele」
 ルーマニア 79年

いかがでしたでしょうか?とりあえず、これからレコ屋で東欧のジャズ・シリーズを見つけたら迷わず購入してください。きっと素敵な出会いがあることでしょう!保証します。

次回はいよいよ東欧のロックについてご紹介。お楽しみに…。

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