第5回:歌謡曲の世界

第5回:歌謡曲の世界

東欧グルーヴ探訪も早5回目。今までジャズとロックについて触れてきましたが、今回は東欧の独特な歌謡シーンについて紹介していきましょう。
ここ日本でも昭和歌謡が再評価され、若い人たちにもてはやされたりしていますが、東欧にも素晴らしい歌謡曲がたくさんあります。例えばハンガリーのこちら。

 Kati Kovács
「Wind, Komm, Bring Den Regen Her」
ハンガリー 74年

どうですか。ソウルフルすぎる歌唱に、ロックに畳み掛けるギターとオルガン。この曲はハンガリーはもちろん、東ドイツ、チェコでもヒットし、多くの歌手にカヴァーされました。ちなみにこの音源も東ドイツ進出盤でドイツ語ヴァージョン。

以前ご紹介した通り、東欧の歌謡曲では、バックでジャズやロックの精鋭ミュージシャンが演奏していることが多く、時に歌謡曲とは思えない、とんでもないグルーヴを聴かせてくれます。

そんな東欧の歌謡曲に潜んだグルーヴの世界をご紹介していきましょう。

スターの登竜門、歌謡コンテスト

東欧の歌謡シーンを語る上で、各国の歌謡コンテストの存在は欠かせません。コンテストで勝ち進むことは、有名になり、歌謡界で成功するための王道のルートでした。

例えばハンガリーではコンテスト形式の歌謡番組「Tessék Választani!(意味:選ぶ!)」が60年より開催。夏に開催され、ラジオ番組として放送されたこのコンテストは好評となり、姉妹コンテストの「Táncdalfesztivál(意味:ダンス・ソング・フェスティバル)」が66年よりテレビで放送。ハンガリー歌謡シーンの最重要コンテストとなりました。各出演者は初披露となる新曲を披露し、ヒット曲も多く誕生しています。

そしてこのTáncdalfesztiválの優勝者となったのが、冒頭のKati Kovács。彼女はその後、ハンガリーで最も有名な歌手に成長していきました。Táncdalfesztivál では計3回優勝。冒頭の曲は、72年にコンテストの優勝を飾った曲です。Táncdalfesztiválで披露された曲は、シングルとしてレコード化されるのが基本的な流れ。72年のもう一つのオススメをご紹介しましょう。

Payer András
「Ó, Ha Jönne」
ハンガリー 72年

72年のTáncdalfesztiválからの楽曲で、歌うのは作曲家としてもハンガリー歌謡を支えたPayer Andrásです。太いベースが素晴らしい、非常に力強い名曲ですが、Kati Kovácsの影に隠れてしまったのか残念ながら入賞することはありませんでした。

演奏にも注目しましょう。Táncdalfesztiválでは元々、Studio 11が専属Együttesとしてバックを担当(Együttesの説明は過去連載を参照)。彼らのズチャズチャした独特なリズムと、オルガン・サウンドは、多くのフォロワーを産み、ハンガリー大衆音楽のアイコンとなっていきました。68年のStudio 11による演奏を聴いてみましょう。

 Mátrai Zsuzsa
「Csiribiri-Bé」
ハンガリー 68年

チリビリベイビ~チリビリバというキラーフレーズの中毒性が凄まじいですね。

チェコでは62年より、雑誌「Mladý svět(意味:若い世界)」企画による歌謡コンテスト、「Zlatý slavík(意味:黄金のナイチンゲール)」が開催。名だたるスター歌手が競い合いました。中でも、最多優勝を誇るのが昨年惜しくも亡くなったチェコ歌謡のスターKarel Gott。彼は優勝計22回という凄まじい記録を残しています。

彼が68年のZlatý slavíkで歌って優勝し、代表曲となったのが「Lady Carneval」。この曲は計13か国語に翻訳され、東欧のみならず西側でもレコード化された、モンスター・ヒットとなりました。

Karel Gott
「Lady Carneval」
チェコ 68年

Karel Gottの膨大な楽曲の中でも、東欧グルーヴ的にオススメなのはこちら。映画「Kruh světla」の主題歌になった曲です。本連載でも何度か登場している、グルーヴ・モンスターJosef Vobrubaがバック・バンドを指揮しています。

Karel Gott
「Láska Usíná」
チェコ 72年

豪華!東欧の歌謡祭

様々な歌謡コンテストと切っても切り離せない関係にあるのが、東欧各地で開催された歌謡祭。中でもポーランドではKrajowy Festiwal Piosenki Polskiej w Opolu(意味:オポーレ国際歌謡祭)とFestiwal Piosenki w Sopocie(ソポト歌謡祭)の二つが開催されていました。自国のアーティストのみならず、東欧各国、そして西側の歌手まで登場する歌謡祭は、当時最高のエンターテイメントであったことは間違いないでしょう。

実はここ日本から参加した歌手もいます。ソポト歌謡祭にはアイ・ジョージが出演。Orkiestra PR I TV W Łodziがバックで演奏(おそらく)、名コンポーザーのAdam Sławińskiが作曲した新曲を歌っています。

アイ・ジョージ
「Dzięcioł I Dziewczyna」
ポーランド 71年

このように、海外歌手と東欧の作曲家、演奏家の夢のコラボレーションが楽しめるのも歌謡祭の醍醐味。ブルガリアの歌謡祭、「Златният Орфей(意味:黄金のオルフェウス)」では、フィンランドのロッカーKirkaによる熱い歌唱と、Вили Казасян指揮によるЭОБРТの(連載第一回を参照)のグルーヴィな演奏を聴くことができます。

Kirka
「Oh, New York Rakkain」
ブルガリア 75年

ちなみにЗлатният Орфейでは日本からは先日惜しくも亡くなった、弘田三枝子も参加しています。オーケストラは、ブルガリア随一の演奏力を誇るСофия。東欧をも魅了した、類まれなる歌唱力はさすがですね。

弘田三枝子
「Mack the Knife」
ブルガリア 73年

スロヴァキアではBratislavská lýra(意味:ブラチスラヴァの竪琴)が66年より開催され、チェコ・スロヴァキアの歌手が多数出演。優秀な歌手には金銀銅の3つの賞が贈られ、Karel Gottはここでも第一回の金賞を獲得しています。

せっかくなので、この歌謡祭で活躍したスロヴァキアの歌手をご紹介しましょう。

まずは70年に金賞を獲得したMarcela Laiferová。70年のアルバムではDeep Purpleをカヴァーするなど、ロックな歌唱が持ち味のスターです。

(40:32~)

Marcela Laiferová
「Deň Bláznivých Radostí」
スロヴァキア 76年

もう一人、Karol Duchoň とのデュエットで73年に銀賞、74年に単独で銅賞を獲得したEva Kostolányiováは惜しくも75年に32歳の若さでこの世を去りましたが、素晴らしい曲を沢山残しています。彼女の唯一のアルバムより、シタール入りのサイケデリック歌謡から、一気にグルーヴの渦になだれ込むオススメ曲をご紹介。

Eva Kostolányiová
「Luna Sype Zo Zástery」
スロヴァキア 73年

歌謡コンピの世界

こうして生まれた歌謡曲のヒットは、シングルでのリリースはもちろん、ヒット曲コンピとしてまとめられリリースされました。しかし不可解なのはルーマニアの歌謡コンピ。何が不可解なのかというと、コンピのみ収録という曲が山ほどある点です。これは推測ですが、高価なレコードは庶民には中々手の届かなかった時代。レコードの売上=ヒットではなく、ラジオやテレビで人気があればそれで充分、ということだったのでしょう。

例えば、ルーマニアの大歌手Aura Urziceanuの最重要曲。こちらもコンピのみの収録となっています。

Aura Urziceanu
「Dragă-mi Este Dragostea」
ルーマニア 73年

さらにルーマニアが特殊なのは、コンピが作曲家別にまとめられている点。ヒットの年でも、歌手毎でもなく作曲家。これも推測にすぎませんが、作曲家にレーベルや国との結びつきがあり、強大な影響力を持っていたのではと考えられます。ちなみに先程のは、作曲家Laurențiu Profetaのコンピ。

もう一人、ルーマニアの偉大な作曲家Ion Cristinoiuのコンピから一曲ご紹介しましょう。歌うのはスター歌手Angela Simileaで、バックの演奏にはプログレ・マニアなら知っているあのSfinx。浮遊感のあるチープなシンセが最高です。

Angela Similea
「O Zi De-ar Fi Al Meu Pămîntul」
 ルーマニア 80年

以上、いかがでしたでしょうか。お気に入りの歌手が一人でも見つかれば嬉しいです。それではまた!

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